「吉田初三郎の鳥瞰図」というものがあるらしいと気がついたのは数年前のことだったと記憶している。最初はどこでどの作品を観たのか正直なところ忘れてしまったのだけれども、確かテレビの「ブラタモリ」でタモリが古地図を持って東京の街歩きをしていて、ああ、古地図ってのはおもしろそうだな、などと思っていた頃にたまたまどこかで見かけたのだったろう。
それはいわいる「古地図」とは一線を画していて、まるで浮世絵のようにカラフルで美しく、最近のGoogleマップやiPhoneの地図アプリのように少し斜め上から俯瞰した立体的な地図であった。
まず単純に「美しい」と思ったし「Googleマップみたいでおもしろい」と思った。いくつか観ているうちに、自分が生まれ住んでいる長野県全域の温泉地を図解した鳥瞰図があることを知った。それが『長野県之温泉と名勝』という作品である。
上記リンク先の画像はイマイチピントがぼけててよくわからないのだけれども、長野県に住んでいるひともしくは長野県をそこそこご存知の方は、この図を隅から隅までじっくり見ると、「あ、あの温泉も描かれてる!」というカンジでとてもおもしろいと思う。
でもこの絵が本当におもしろいのは、ずーっと左端のところ描かれている富士山である。
これじゃまるで諏訪湖のすぐ近くに富士山があるみたいじゃんよ!と思わずツッコミを入れずにおれないわけで。ただ、位置関係としてはそんなにまんざら嘘じゃない。ただちょっと角度とサイズに嘘をついただけ。そこまでしてここに富士山をいれたかったんだなーと。その「描きたいものを描くために空間を捻じ曲げた」豪腕ブリに感服したのであった。
そしてこの絵を描いた人の名は「吉田初三郎」というらしい、ということまで一応メモをとっておいた。
でまあそこまでわかってるならこの人のことを調べれるなりなんなりすればいんだろうけど、基本的にこちとら怠惰に生きておるもので積極的に調べるでもなく、まあだいたいどういう人だったらしい、どういう作品を描いていたらしいなんてことを聞こえてくるものを聞いていた程度で、よく知らないままいたのである。
そこへ、先日2014年3月1日長野県立歴史館にて『戦前の観光信州 −パンフレットでたどる昭和初期の鉄道、山岳、温泉』という企画展が開催され、『観光パンフレットの楽しみかた』という講座が開催されるとのことで「これはきっと吉田初三郎の鳥瞰図の解説をするに違いない!!!」と勝手に思い込んで行ってみた。
ちなみに、長野県立歴史館は昨年から企画展にあわせて特別講座を開催するようになったようだ。
昨年は『山国の水害〜戌の満水と善光寺地震〜』ということで、1847年に起きた善光寺地震に端を発した岩倉山(虚空蔵山)の大崩落によってできた自然ダムの決壊による大水害の様子や、1742年に起き、今でも佐久地方では特別な弔いが行われている「戌の満水」と呼ばれる一連の台風災害、特に小諸でおきた山津波に焦点をあて、歴史館の学芸員の方々を中心に独自調査、独自の新解釈をもって解説するというとてもおもしろい講座をされた。
長野県のローカルな歴史について語っているようで実はそれをとっかかりにあらゆる世界中の災害対策について言えるようなとても大きなテーマのお話をされた講座で、大変感動的であった。それこそこれはTEDとかでやったら大喝采なんじゃないかなと思った。いやマジで。
話を戻して、今回のはその第3弾といえる企画のようであり、仮に吉田初三郎関係なかったとしてもまあそれはそれでおもしろいに違いないだろうと思っておじゃましてきた。
で、実際に思った通り吉田初三郎作品を中心に、大正末期から昭和初期にかけて日本中で起きた観光ブーム・鳥瞰図ブームの中で作られた長野県の鳥瞰図の展示と解説、吉田初三郎という人そのものについての解説などをしていただいた。
これがまた大変おもしろかった。ちょっと長くなってきたのでウンチク的なことは割愛。鳥瞰図をいかに楽しく観るか鑑賞のポイントの説明がメインだった。
例えば長野電鉄線は湯田中駅が終点だけれども、猿が温泉に入っている地獄谷やモンハンとのコラボイベントで有名な渋温泉まで当初は駅が作られる予定であり、ある鳥瞰図はその予定の駅が描かれてしまっているとか。
その絵を発見してから長野電鉄関係者に問い合わせてみたら、その予定があったんだということが判明し、実は当時用地買収も済んでいたなんていうトリビアがあるんだそうな。
まあそんなカンジで、やはりまったく知らない土地の鳥瞰図より自分の知っている土地のものを観るのが楽しいとのこと。
そして例えばこちらの『善光寺から上林温泉千壽閣へ御案内』という作品。
まるで善光寺と千壽閣という温泉旅館が隣り合っているような図なれど、実は善光寺から上林温泉は車や電車でも1時間少々かかる距離である。またここで空間が捻じ曲がっているわけだ!しかしこれには当然理由がある。
そこまでして目立って描いてあるものは、つまりこの絵を依頼したひとのために描かれているということなのだそうだ。
つまりこれは千壽閣や北信州の温泉観光開発をしていた長野電鉄の依頼によって描かれたものだからこそ、依頼主の意向に沿うように描かれているのである。これは絵だからこそ意志をもって描くことが可能だったわけであり、Googleマップではそうはいかない。よくよく考えるとこのあたりは他にも温泉旅館がたくさんあるはずだけれども、ほとんど描かれていないじゃない(苦笑)。
絵の中心では依頼主の意に沿うように空間が捻じ曲げられ、端っこの方では製作者のこだわりとして富士山が入るように空間が捻じ曲げられてるわけで(この『善光寺から上林温泉千壽閣へ御案内』にもなぜか右端の方に富士山が描かれている。これじゃまるで姨捨山と富士山がすぐ近くみたいだ)、まさに「絵」だからこそできる意志の力の賜物であろう。
さて、上に書いたのはほんのサワリで、他にも盛りだくさんに楽しい講座と展示を楽しんできたわけだが、週が明けて3月4日火曜日、なんとGoogleのロゴが吉田初三郎鳥瞰図風になっていた! 同氏の誕生日なのだそうだ。なんたる偶然?
今日のGoogleロゴは鳥瞰図絵師・吉田初三郎の生誕130周年記念デザイン | マイナビニュース
で、これ、日本のGoogleだけではなかったようで、米国のGIZMODOという有名サイトでも取り上げられていた。
These Amazing Illustrations Are Like Google Maps For 1900s Japan
こちらでは、過日の歴史館講座では取り上げられなかった『HIROSHIMA』という作品が紹介されていた。なんだか長くなっちゃったけれども、これいついてちょっと触れてみたい。
戦前に大ブームとなった「鳥瞰図」だが、戦況が悪化していくにつれ、このように上空からリアリティをもって日本の国土を俯瞰できる絵は、敵国の手に渡ると大変な脅威になるとされ、1939年には全面的に禁止され、初三郎のスタジオも閉鎖の憂き目にあったのだそうだ。
初三郎は大正の頃皇太子(昭和天皇)にその作品を絶賛されたこともあるそうなのに、初三郎に限らずすべての鳥瞰図師たちは一斉に国の方針で廃業させられてしまったということだ。
一方的に筆を取り上げられてしまった彼らだが、終戦後に初三郎が依頼され、たぶん最後の作品として描いたのが、原爆投下直後の広島を描いたこの『HIROSHIMA』という作品である (偉そうに書いているけど、僕はホンモノ観たことない)。
そもそも鳥瞰図とはどのように描かれたのか。歴史館の講座でも解説されていたけれども、鳥瞰図師達は作品を作るときモデルとなる地域を徹底的に取材してまわったのだそうだ。今のGoogleマップみたいに衛星写真があったり航空写真が簡単に撮れるわけのないこの時代、実際に現地をまわり、いろいろなひとの話をきき、山の上に上り、想像して鳥瞰図を描いた。
長野県内にも各地を取材してまわる初三郎の写真が残っているそうである。むしろ現地を取材した初三郎によって提案された新たな観光地もあるのだそうだ。
戦争により強制的に筆を折られた初三郎が終戦後とても大きな爪あとを描くために、たぶん局地と化した広島で膨大な取材をしたのではないだろうか。その心中と苦労はいかばかりだったであろうや。
などとなんか妄想でそれらしいことを書いてしまったけれども、実は鳥瞰図にまつわるおもしろそうなハナシはまだはたくさんあって、例えば最近話題の某作曲家ではないけれども、作品によっては別人によるゴーストライティングの疑い(というよりは事実みたいなんだけどw)があったりと、興味の尽きない話題てんこ盛りである。
たぶん映画化すれば宮﨑駿の『風立ちぬ』ぐらいはおもしろいんじゃないか。いや実はまだ風立ちぬ観てないんだけどサ<ォィ
なお、上で書いたように、鳥瞰図は自分の住んでいるところや自分の知っているところのものを観るのがとてもおもしろいわけで、この記事では僕の住んでいる長野県の話題ばかりになったけれども、もちろん初三郎式鳥瞰図は日本全国が描かれている。実は一部海外もある。
その一部が、どうやらドメインからすると国際日本文化研究センターのサイトと思しきこちらにデジタルデータとして公開されている。なんかどこからも公式にリンクされてる様子がないのだけれど。
これはスゴイよ。ものすごく高解像度の画像を、それこそGoogleマップみたいにマウスで拡大縮小したりドラッグしたりしてじっくり観れる。試しにMacからAppleTVにAirPlayして、プラズマテレビにフルHDで表示させてみたらおもしろいのなんの。是非上記のサイトからお近くの鳥瞰図をみつけて、できるだけ大きな画面でご覧頂きたい。
あ、長野県の方々は、県立歴史館で初三郎以外や北信以外の小諸とか松本とか伊那とかの鳥瞰図のみならず、なんと先述の『長野県之温泉と名勝』の原画が展示されている!!ので、是非一度ご覧になってはいかがかと。いや長野県立歴史館、思いの外おもしろいところなので、行ったことないひとは1度は行ってみたほうがいいです。ステマ臭いけどワタシはなんの得にもならないので念のため。
最後、歴史館の講座で学芸員の方がとても印象深いことをおっしゃっていた。てきとーなメモと記憶からなので正確でない要約だけども、勝手に引用しておく。
大正末期から昭和初期は戦争に向かう時代といわれ、暗い時代だと思われがちだが、並行して日本中が観光ブームであり、吉田初三郎をはじめとした華やかな鳥瞰図のブームでもあった。
これは平和でなければできないことで、実際この後情勢が深刻化するにつれ鳥瞰図は禁止されてしまうわけだが、戦争に向かう空気と平和の空気は相反するものではなく、同時並行して存在していたのだということがわかる。
この華やかな鳥瞰図を観て、平和とはなにかということを考えてみるのも良いのではないだろうか
ね、ほら。おもしろいでしょ。
次回以降の講座も期待しているので、是非お願いします。
あー長くなった。
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